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入院の日々の記録/記憶(9) 消化器系・内分泌系もボロボロ [これまでのいきさつ]


5月10日(土) 化学療法終了後357日目

2012年12月に、子宮&付属器全摘手術を受けたときのあれこれ、

入院の日々の記録の続きです。

入院の日々の記録/記憶(1)

入院の日々の記録/記憶(2)

入院の日々の記録/記憶(3)

入院の日々の記録/記憶(4)

入院の日々の記録/記憶(5)

入院の日々の記録/記憶(6)

入院の日々の記録/記憶(7)

入院の日々の記録/記憶(8)



2012年10月に子宮体癌を宣告されたころの私は

癌だけでなく、消化器系、内分泌系も相当弱っていて

手術日を決めると同時に、手術できる体にするため、

細かくチェック&投薬を受けることとなりました。



前々から「脂肪肝ぎみですよ」と言われてはいました。

コレステロール値もギリ高かった。毎年そうでした。

でも、手術前のあの頃は、それまでの警告では済まないぐらい悪化していました。

肝機能を示す数値がもう、 ケタが違う感じ。

そして何より中性脂肪値がバカ高い [がく~(落胆した顔)] [がく~(落胆した顔)] [がく~(落胆した顔)]




さらに、こっちは境界値ってとこでしたが、血糖も上がっていて要観察。

それまで生活習慣から「不健康だ」との自覚はあったものの

ここまでとは思ってもおらず、けっこうショックでした。。。




手術前の2か月ほど、肝臓の薬を飲みましたともー

手術までに目標の数値に下げることは、ちょっとできませんでしたけど

「何とか手術に耐えるであろう」ということでGOサインが出たわけです。

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入院の日々の記録/記憶(8) 医療の進歩の細かいとこ② [これまでのいきさつ]


3月28日(金) 化学療法終了後314日目

2012年12月に、子宮&付属器全摘手術を受けたときのあれこれ、

入院の日々の記録の続きです。

入院の日々の記録/記憶(1)

入院の日々の記録/記憶(2)

入院の日々の記録/記憶(3)

入院の日々の記録/記憶(4)

入院の日々の記録/記憶(5)

入院の日々の記録/記憶(6)

入院の日々の記録/記憶(7)

8年前の子宮筋腫核摘出手術の時と比べて変化を感じたことの続きです。

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②ドレーン

8年前の筋腫核摘出のときも、執刀医たちを悩ませたのが癒着でした。

あちこち貼りついてくっついちゃってる臓器を剥がしながら進むと

どうしても出血してしまい、その出血量が多くなって、輸血をせずに済ますため

こびりついている膿(?)をすべて取り切る前にギリギリでお腹を閉じた

……のが前回の手術でした。

と、いうことは、その後の年月でさらなる癒着が進んだだろうと、

容易に想像できますよね。

もちろん同じ病院での手術ですから、先生方も覚悟の上だったはず。

手術前の説明でも「時間は長くかかると思いますよ」と言われていました。


そんな、お腹の中 溶けかかって一体化したベビーチョコ状態 な私、

前回の手術後は、ドレーンをなかなか抜いてもらえず難儀しました。

ドレーンが挿さっていると、

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入院の日々の記録/記憶(7) 医療の進歩の細かいとこ① [これまでのいきさつ]


3月7日(金) 化学療法終了後293日目

2012年12月に、子宮&付属器全摘手術を受けたときのあれこれ、

入院の日々の記録の続きです。


入院の日々の記録/記憶(1)

入院の日々の記録/記憶(2)

入院の日々の記録/記憶(3)

入院の日々の記録/記憶(4)

入院の日々の記録/記憶(5)

入院の日々の記録/記憶(6)



私は8年前に子宮筋腫核摘出手術を受けています。

同じ病院で、同じ部位の手術を受けたことになります。

担当の先生は替わっていますが、入院した病室だって隣だったし

なんかすごくデジャブな感じで、そのおかげで安心感のようなものもありました。



そして、似たような状況だったからこそ、この8年間の医療技術やら何やらの

進歩、変化もいろいろ感じました。

これから2~3回、そういうあれこれを思い出しながら書いていきます。



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①傷口

切ったのは同じところです。

おへそを迂回するようにまわってから、臍下をまっすぐ恥骨のあたりまで。

これがまあ、先生には聞きませんでしたし、誰にも言いませんでしたが

実はちょっと気にかかっていました。

だって、いくらもうおばさんで誰にも見せない腹だとはいえ、

「?」の下の点がない、というカタチの傷が、

二重になったりしたら(スキー大回転のシュプールみたいに…)

やっぱりイヤです。考えただけでどよーんとヘコみます。



気にしていた傷口を確かめられたのは、確か術後3日目ぐらい。

朝晩の看護師さんのチェック時に、自分ものぞきこみました。

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入院の日々の記録/記憶(6) 立てない! [これまでのいきさつ]


2月28日(金) 化学療法終了後286日目


入院の日々の記録の続きです。

入院の日々の記録/記憶(1)

入院の日々の記録/記憶(2)

入院の日々の記録/記憶(3)

入院の日々の記録/記憶(4)

入院の日々の記録/記憶(5)


手術の翌日には、患者は立たされ、歩かされます。

内臓の癒着を防ぐためなので、少々弱音を吐いても看護師さんは容赦ありません。

が……

その日、私は立ち上がれませんでした。



病室に戻って、午前中と午後、そして夕方、と

なだめられ発破をかけられ、促されたのですが、立てなかった。


ベッドヘッドを上げ、看護師さんに支えられてそろーりそろーりと体を起こし、

何とかベッドに腰かけるまではできたのですが、

どうしても立てない。


自分でいうのもナンですが、私は頑張るヒトです。

かなり無理をしてでも、言われたことはやろうとする。

その私が、立てなかった。自分だって立ちたいのに立てなかった。

足も、頭もふらふらクラクラで怖くて立てない。

夕方でダメだったときには、厳しい看護師さんもさすがに、

「では明日にしましょう」とあきらめてくれました。



でも私はその夜、立ち上がらなかった根性なしの代償を

たっぷりと払うことになったのでした。



 

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入院の日々の記録/記憶 (5) SICU [これまでのいきさつ]


1月28日(火) 化学療法終了後255日目

 入院の日々の記録の続きです。

入院の日々の記録/記憶(1)

入院の日々の記録/記憶(2)

入院の日々の記録/記憶(3)

入院の日々の記録/記憶(4)

 

手術後、目が覚めると私はSICUという集中治療室にいました。

これも前回の手術から大きく変わったところですが、この病院では

全身麻酔で手術した患者は必ず、一晩をこの外科系集中治療室で

過ごすようになったそうです。



なにしろ意識はもうろうとしていますし、裸眼では限りなくゼロに近い視力ですから

よくは分からないのですが、ちょっとSFチックなほどに最新っぽい部屋でした(と思う)。



夫はビビッてたのか恐る恐るという感じで遠くから様子をうかがい

弟がそばに来てくれていました。2人とも、失血が多く土気色をしていた

前回の手術と比べて、今回は長くかかった割に血色がよかったので(輸血しましたから)

ホッとしていたようです。

そんな2人に私は、かすれて出ない声で、左手が痺れていること、

揉んでみてほしいことを訴えたのでした(左手をめぐる苦闘)。



そうこうするうちに、8時間の大手術でぐったりしている先生方が

集まってくださいました。最新の病室に立つ4~5人の白衣の先生方…


ドラマみたいでかっこいい![ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]  


ぼーっとした意識、そしてろくにない視力でしたが、あの時私は

そう思ったのでした。まだ現実に戻ってなかったんですかね。。。



SICUで過ごしたその晩のことは、あんまり覚えていません。

ただただ ぼーっとしていただけで、さほど苦しかったりした記憶もありません。


覚えているのは、担当看護師さんの、そりゃあもう行き届いたお世話[exclamation×2]


 

脈拍や体温、血圧などのチェックはもちろん、ごそごそしていれば

適当なところにクッションをあてがってくれ、

時間がくれば体を拭いてくれ(そっ… そんなトコまで[あせあせ(飛び散る汗)] と驚くほど)

それでいて、何の負担にもならないプロぶりでした。

すばらしい!!



私は病室に戻る前後のこともあまり覚えていません。

そんなだから、そこまでしていただいた看護師さんに、お礼も言わずじまい。

それが本当に心残りです。


 


入院の日々の記録/記憶(4)いよいよ手術 [これまでのいきさつ]

12月30日(月) 化学療法終了後226日後

これまで、昨年暮れの入院・手術の記憶をたどってきました。

入院の日々の記録/記憶(1)

入院の日々の記録/記憶(2)

入院の日々の記録/記憶(3)

2013年12月19日午前10時ごろ(記憶があいまいで…)

やっと着いたダンナと弟に付き添われて、私は手術室へ向かいました。


7年前の手術では、病室で前段階の麻酔を入れられ、

移動式ベッドに寝たまま運ばれたのですが、今回は車いすです。

麻酔などの処理は、手術室に入ってから始めるように変わったのでした。




まあ、それはいいのですが、

何しろ手術着というのは裸も同然ですよね。

それで大きな病院の中をいわば引き回されるのは、寒い!

もうちょっと時間かかってたら、手術室に着くまでに風邪ひいてたわ。



前回の手術の時は、手術室の入り口までしか記憶がありません。

麻酔の影響で記憶が混濁しているようです。

ですから、手術室の光景は、実質初めて[目] [目]



思ってたより手術室は広く、手術台は狭かった

まあ、コンタクトもメガネもない手術着の私は、視力がないので

ぼや~っとしか見えてなかったはずですけど、

記憶の中では不思議とハッキリ見えてた感じがします。

 

そして、硬膜外麻酔を注射

これがなかなか…

針を刺してカテーテルを入れるのに、「動かないで!」とは言われるのですが

どうしてもビクンッと反応してしまう。

「痛いんですか?」と(責めるように?)言われるのですが

痛いわけじゃなく、体が反応するんだよーーっ と言いたいところを我慢して

「いえ、でもなんかヘンな感じ」と訴えていた……

 

…と、記憶はそこまで。

そんなこんなで麻酔にも時間がかかり、手術室に入ってから

終了まで、なんと8時間もかかったのでした。

(続く) 年内に完結させるつもりだったんだけどー[あせあせ(飛び散る汗)]

 

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2013年も残りわずかとなりました。

この1週間、少しずつ大掃除をして、おせちの準備をしてきました。

去年は退院直後で何もできませんでしたから、思う存分に掃除して…

筋肉痛で新年を迎えることになりそうです。



 

前半は化学療法、後半はその副作用からなかなか元に戻れず、、、

という1年でした。

でも、何とか無事に過ごせました。

 

化学療法による体の変化は、ちょっとした冒険でした。  

ブログを書くことで、そんな自分の状態を自分に理解させるというか

納得させるというか、確認することができたと思います。

まだまだ元通りには戻っていませんから、年が変わっても

どうなっていくのか、記録していこうと思います。



 

2014年が、みーんなにとって、

健やかで幸せな年になりますよう、

心からお祈りしています。

どうぞ良いお年をお迎えください[晴れ]

 

 

 

 

 


入院の日々の記録/記憶 (3)手術までバタバタ [これまでのいきさつ]


2012年12月19日 いよいよ手術日です。

私の手術は、その日2件目。

ただし、1件目がキャンセルになる場合も考えられるので

朝イチのつもりで準備するよう言われていました。

 

前夜から絶飲食。

そして朝7時に再び浣腸、血圧、血糖値などいろいろ測定、

そろそろダンナが来るかな~、などと思いながら手術着に着替え

着圧ソックスを履き、準備をしました。



が、のそっと現れたのは弟でした。

「手術開始時刻が分からないからゆっくりでいいよ」と言っていたのに

普通の出勤時間に家を出たら、都合よく着いたそうです。


そこで、病室のにぎやかさ、部屋を変えてもらえば? などと話したりしていたのですが…



ダンナが来ない!!

 

携帯を鳴らしてみても応答なし。

手術開始の時間が決まったと連絡にきた看護師さんは、

弟の姿を見て「あっ、ご家族も着きましたね」と確認して準備にかかりました。

ま、家族に違いはないけど……




何度目かにかけた携帯がやっとつながったら

「ごめん! 二度寝したーっ! 今バスの中!

…って、、ウソでしょーーっ [ちっ(怒った顔)] [ちっ(怒った顔)] [ちっ(怒った顔)]

 

 

結局ダンナが到着したのは、私が手術室に向けて車いすに座らされる直前!

もう、この失態は、一生チクチク言ってやるんだから[むかっ(怒り)]

 

 


入院の日々の記録/記憶 (2)手術前夜 [これまでのいきさつ]


肝機能や血糖値なども要観察だった当時の私、

入院中は毎日何度も血糖値を計ることになっていました。

入院当日の空腹時血糖は74。

数値が高いと注射されちゃうんだって。

入院まで、お酒もやめていましたし、頑張って体を整えてきたつもりですが

数値的には危ないようです。

うーん、いつの間にそんな不健康になっちまってたのか…

 

18:30 夕食

米飯 味噌汁(玉ねぎ、にんじん) 白菜のごま酢あえ チキンピカタ

いんげん キウイフルーツ

ほぼ完食いたしました! しばらく食べられないんですもの。食べいでか!!

 

そして20時ごろに浣腸。 

 

前回の手術の記憶もありますから、物理的にも心理的にも

準備は万全、のつもりでした。


だからきっちり覚悟もしていましたよ。剃毛の。



病棟でも一番最後の時間21時に予約して、ゆっくりお風呂に入る予定だった私、

カミソリかシェーバーを渡されるのを今か今かと待っていました。


が、何の連絡もない。

そしてお風呂の時間は迫る…



焦った私は看護師さんに聞いちゃいました。

「あのー、、、剃らなくていいんですか?」


すると看護師さんは、さも意外そうに「剃毛? しませんよ」。

術中(術前?)に、執刀医が必要なところだけサクッと剃るということに

なったようです。6年の間で、いろいろ変わってたんですね。



なんか、肩の力がすとーん、と抜けるような、そんな一瞬でした。

 

 


入院の日々の記録/記憶 (1)入院 [これまでのいきさつ]


12月19日(木) 化学用法終了後215日目

手術からちょうど1年。

入院~手術の日々を思い出して記録しようと思います。

 

入院したのは、1年前の昨日、2012年12月18日火曜日でした。

 

私は7年前に子宮筋腫核摘出手術を受けています

その時と同じ病棟です。

7年前には最新の病棟だった第一病棟ですが、その後、この大学病院は

増改築を繰り返していて、今では一番古い病棟になってしまいました。

ベッドでネットも楽しめる病棟も増えたなか、この第一病棟はダメ。

まだ電波きてません。残念!!



入院手続きも、前とは少し違っていました。

病棟ごとに何人かずつ入院患者がたまったら、

案内の人に引率されて病室に向かうのです。

最新のクールな病棟は、受付からけっこう距離があって

「20分ほどかかります」と言われてる方たちもいました。

20分?! 

駅まで行こうってのか(病院から駅まではバスで20分ほどです)??





病院は今もあちこちで工事中で、直通の通路やエレベーターが使えなかったりして

立体の迷路みたいに階段やエレベーターを縦横無尽に使って行くため

時間がかかるらしいです。

病人には優しくないです。。お年寄りも多いのにね。

 

私たち婦人科の患者と付き添い3組も、直通エレベーターへの通路が使えず

外来の、ごったがえすロビーを、大荷物提げてぞろぞろと… 

気分よくはありませんでした。。。

 

病室は、前回入院の時の隣の部屋でした。

4人部屋の廊下側。窓側のほうが明るいし広いからいいんだけど

トイレに近いのは助かるかな。 

 

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問題の子宮(5) [これまでのいきさつ]


3月15日(金)

2012年12月19日、私は単純子宮全摘・両側付属器切除の手術を受けました。

悪性腫瘍は子宮の内膜に限られているようだから、取ってしまえば大丈夫、と

そう思って受けた手術でした。



6年前の時でも厄介だったのですから、1度手術したお腹の中が癒着してないはずがない。

患部にたどり着くまでに相当時間がかかり、8時間にも及ぶ大手術となりました。

今回は輸血もしたので、そろそろ3か月後の検査とかするんだろうと思います。



手術が大変だったのと、前より年をとってるぶん体力もなく、翌日に立って歩くこともできず

さらには左手の痺れもあって、今回の入院もしんどいものでした。

6年前はけっこう病院の敷地内を歩き回ったりしていたのに、今回はそれもできず

(冬で寒かった、というのもあるけど…)自分でも歯がゆい感じでした。



でも予定通り術後8日で退院。その退院前診察で初めて、聞かされました

卵巣にも何やら腫瘍があった、ということを。。。[がく~(落胆した顔)]

退院が年末、初詣は近所の小さな神社ぐらいしか行けませんでしたが 

そりゃあ願いましたとも!!

生体検査の結果が、悪性ではないようにって。。。

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